2018年4月に新校舎が完成した東京都立小金井特別支援学校。
校内のあらゆる場所に、快適な学校生活のためのアイデアが散りばめられています。
校長を務める金子猛さんは「校舎内のすべてが子供のことを思って設計されている」と胸を張ります。
子供たちが視覚で理解しやすいよう、
色と図形で直観的な分かりやすさを。
特別支援学校のなかでも本校に通うような知的障害のある子供たちは、耳よりも目から情報を得るのが得意です。そこで本校では、子供の学習環境を快適にするために、色や図形を効果的に取り入れています。
散りばめられた多くのアイデアのなかでも気に入っているのはピクトグラムを採用したサイン板です。音楽室や体育室などの特別教室はもちろん、校長室や下駄箱など、あらゆる場所に掲示されています。同じピクトグラムは、時間割表や教材にも使われています。「どの時間に、何が必要で、どこの教室へ行けばいいのか」が視覚的に分かるので、子供たちも混乱しません。
廊下の端、幅30センチメートルを黒くしたのも、子供たちを円満に導くための工夫です。廊下は多くの人が通る場所。子供たちがバラバラに歩きだすと、事故や混乱のもとになります。だからといって子供たちに「端を歩いて」と言っても伝わらない子供もいます。「端」という概念が分からないからです。ところが「黒い線の上を歩いて」と言えば「ここを歩けばいいのだな」と理解してくれます。今ではどの子供も並んで移動できるようになりました。下校時には、一列になって昇降口を目指す子供たちの姿を、校長室から見ることができます。松田平田設計にご提案いただいたこのアイデアには「この手があったか」と思わず膝を打ちました。
特別支援学校では日本一。
自信をもってそう明言できます。
子供たちをしっかりと見守れる、
開放的な作りの校舎。
廊下は、中庭を取り囲んでロの字型です。中庭と廊下を仕切っているのはガラスの壁。たくさんの陽が差し込んでとても明るい上に、中庭ごしでも子供の姿が見えて安心です。万が一、子供がはぐれてしまっても、すぐに見つけられます。「明るくオープンな職員室にしたい」という要望から、職員室と廊下の間もガラス壁です。これだと、2階の職員室からは中庭を挟んだ1階から3階までの廊下を見通せます。職員室にいても学校全体を見守れるようになりました。
職員室の前には、3階建ての校舎をつなぐ中央階段があります。子供も教員も頻繁に使う階段で、腰壁はガラス製。形が少し特徴的です。1階から2階へ行く際はまっ直上れる「直階段」、2階から3階はUの字型の「折返し階段」になっています。これは階数のサインがなくても、上り方の違いで向かっているフロアが分かる仕掛けです。また階段の複雑な作りが、広い吹き抜け空間を生み出し、それが廊下のどこからでも見える校舎のランドマークになっています。この明るくて気持ちがいい空間は、子供や教員からも愛されています。
保護者は喜んで子供を
学校へと送り出してくれる。
教室内の設計は、極めてシンプルです。子供が教員の板書に集中できるよう、白板のまわりには余計なものをなくしました。子供はよく集中して、授業を受けています。集中の続かなくなった子供がいたら「カームダウン室」で落ち着かせます。多くの特別支援学校では空き教室を代用していますが、本校には専用の部屋を設けました。ここは子供と教員が一緒に入ってちょうど良いサイズの小部屋です。各フロアに2〜3部屋ずつあります。部屋ごとに素材や色合いが異なるだけでなく、照明を電球色に変えることができます。子供によっては電球色のほうが気持ちが落ち着きやすいといわれています。
グラウンドは、鎮静効果のある青色の地面に、白でラインを引いています。子供たちが落ち着いて運動できるのみならず視認性がとても高いのが特徴で、レーンのなかを走りやすいようです。グラウンドと体育室の間には、観覧スペースもあります。運動会には子供の父母、祖父母が来校し、頑張る子供たちを応援してくれました。校舎が建て変わる前は、学習環境の変化を心配する保護者の声もありましたが、新校舎になった今は喜んで学校へ送り出してくださる保護者ばかりです。帰宅した子供の様子に良い変化を感じ取っているのだと思います。
理想の校舎は、
教員の声と設計者のアイデアから生まれた。
新校舎の設計に際しては、教員の意見をまとめるプロジェクトチームを、校内に発足しました。そこで出た要望や意見を松田平田設計に伝えたところ、全面的に取り入れていただいたことに加え、多くの提案もいただきました。でき上がった校舎は、考えていた以上に使いやすく快適です。学校生活に申し分のない環境で、大変満足しています。
子供たちの快適な日々のために
できる限りの工夫を試みた。
松田平田設計 設計チーム
教員や専門家の声をもとに、
安全で分かりやすい校舎を。
先生たちから伺ったポイントを、いかに設計に生かすか。これが本プロジェクトの重点となりました。「子供たちは視覚から情報を得る」という意見を足がかりに考えたのは、図形や色を効果的に配置すること。ひと目で情報を受け取れるように工夫しました。
やるからにはベストを尽くしたい。自閉症を研究する大学教授に、専門家としての意見を伺ったのはそのためです。海外の事例なども独自に調べて、優れたアイデアがあれば積極的に取り入れました。例えば、廊下の黒い線やピクトグラム。素材や色の違いで、フロアやスペースごとの役割の違いを表現したところもあります。1階から3階までを、小学部低学年、小学部高学年、中学部と分けたフロアそれぞれに、桜色、緑色、青色と割り振って「普段いるのは何階か」「今いるのは何階か」を色で判別できるようにしました。クラスを超えたレクリエーションなどに使う「白木ホール」「黒木ホール」には、他の場所とは異なる素材を天井や壁に使うことで「特別な役割を持つスペースだ」と視覚的にアピールしています。
今回の設計で特にこだわったのは、中央階段です。1階から2階へ向かう直階段では、階段の真ん中の踊り場部分をクランクさせました。万が一、段差で足を踏み外してもこのクランクが子供を受け止めてくれます。階段の幅にも配慮しました。中央階段はランドマークではありますが、幅は一般的なものと同じ。そのため階段のどの位置を歩いていても手すりにつかまれて安全です。
卒業後も子供たちの記憶に残るように。
校長先生からは「卒業後にも思い出してもらえる校舎を」と頼まれました。建物内にモチーフとなる正方形を散りばめたのは、そのためです。ひとつの図形を散りばめれば、視覚的な強さが生まれます。校舎外観は正方形で構成し、サイン板の形も正方形に、廊下の交差点にもフロアのテーマカラーで正方形を配置しました。校舎のモチーフであるのと同時に「廊下の向こうから誰かが来るかもしれない」というサインにもなっています。
でき上がってみると、想定していた以上に快適に使っていただいているようで嬉しいですね。2019年の3月には、初めてここで学校生活を送った子供たちが卒業を迎えます。その子たちにとって、この校舎で過ごした日々が素敵な思い出になることを心から願っています。